海・めぐるプロジェクト Value Marketing&Design
日本ユーコン

水産界 連載記事 1593号 2017年10月 掲載


新たなシーフードマーケット

 ファッション・マーケティングでは、伝統的なスタイルやデザインを「トラディショナル」、今日的なものを「コンテンポラリー」と称して、ターゲットのライフタイルを捉え、さまざまな働きかけ−コミュニケーションを行う。トラディショナルをベーシックな商材とし、今のトレンド(傾向)に対応したコンテンポラリーな商品でターゲットを惹きつけ、購買に結びつける手法である。

 水産食品のマーケットにおいても、若い世代に人気の「洋の食スタイル」をコンテンポラリーと位置づけし、彼らのニーズに合う商品構成にすることで、新たなシーフードマーケットをつくることが可能である。

 今日のわが家の食卓の準備は、私の番だ。
義母は私がつくるイタリアンを楽しみにしている。が、今日は問題が発生した。
 「お義母さん、この鯛、カルパッチョ用にってお願いしてましたよね」
義母は、すぐに反応する。
 「魚屋さんに、カルパッチョ用に切ってと言ったわよ!」
切り身を目の前にして、私も返す。
 「これ見てください、刺身の切り方ですよ」

コンサルタント
 義母は「鈴木たね子」、水産加工食品の専門家だ。若い頃からヨーロッパをはじめ、中国、東南アジアなどを訪問し、世界の水産と魚食を見てきた。中でもオランダのマルケン島の漁港は、とてもオシャレで素敵だったらしい。新しもの好きな御年90歳の現役である。私は水産業界の擁護者と呼んでいる。そう言うと「あたりまえでしょ」とすぐ返してくる。
 「あら、そうね、職人だから手が勝手に動いたのよ」
早速、擁護に廻った。
 「メバルも買っておいたから、アクアパッツァにするわ」
しくじったと思ったらしい。今日は義母がつくるという意思表示である。

 専業主婦のいないわが家の食卓には、魚の煮付けは稀にしか出てこない。しかも義母の口癖は「シーフードはオシャレでなくっちゃ」である。活きのいいスズキやメバルが手に入れば、アクアパッツァに、ホタテやエビが手に入れば「今日は、アヒージョにしてみた」などと、若い世代に人気のシーフードは一通り試している。今ではこの二つの手抜き料理もわが家の定番である。

 地中海スタイルの魚料理は、内臓部分さえ取り除いてあれば素材をそのまま使うことができ、簡単で手間もかからない。かつ、彩りもよく食卓が賑わってオシャレだ。内食での魚食の幅を広げるスタイルとして注目に値する。調味料メーカーも、アヒージョが簡単にできるソースを市場投入するなど対応が早い。さらに、アヒージョ用の鍋もインターネットで販売するなど、そこそこのマーケットを見込んでいるのだ。
 これを「レシピ提案」と短絡的に捉えては、消費の広がりは生まれてこない。食材と調理法、鍋(グッズ)そしてパーティー(シーン)を、一つのスタイルとして捉えるのがマーケティングである。

 このような洋の食スタイルを好む20〜40代の人は、シーフードをホームパーティや食事のムードを盛り上げてくれる食材として、食卓に上手に取り入れている。シーフードは自分自身を表現する「メディア」にもなっているのだ。このような若い世代の食のトレンドは、魚食の新たな方向性を示すものとして捉えることができる。そして、そこに流通の変化の兆しが潜んでいることにも注目しなければならない。

 承知の通り、20〜40代を中心とした女性たちの多くが利用するネット通販の「Amazon(アマゾン)」は、生鮮食品のネット販売を本格化させる。軌道に乗れば、スーパーマーケットや魚屋を脅かす存在になるはずだ。今後Amazonは、彼女たちの消費マインドに合わせて、魚と調理器具、周辺の商材をアソート(組み合わせ)して販売してくることは容易に想定できる。新たなシーフードマーケットの登場である。
 水産業界にとっては販路が増えることで歓迎の向きもあろうが、実存の店舗にとっては脅威である。また、売れ筋の魚しか売れないという問題も懸念される。魚食の魅力はそのバリエーションの豊かさにあることを忘れてはならない。一方、このAmazonの取り組みは、魚の売り方や提供の仕方次第で、販売開拓の余地がまだまだあるということも示唆している。
 「奥さん、焼いても、煮付けでも旨いよ」は昭和の魚屋のスタイルだ。大手ネット通販が参入しはじめた今が、売り場や売り方の発想の転換期である。そして、溢れる食材の中からシーフードを消費者に手にしてもらうための「働きかけ」が問われる時なのである。


トラディショナル・ファスト・フィッシュ


 最近、わが家の食卓で頻繁に登場するのが「ちくわ揚げ」である。調理が簡単で風味がいい、価格も安い。しかも「ワインに合う」が、わが家で人気を得たポイントだ。鮮魚は調理にかかる手間や保存性に難があるが、加工食品はその点有利である。ちくわは1000年も前から食べられてきたトラディショナルな食品。今は手軽に食べれるファスト・フードだ。とても「コンビニエント」な食材なのである。しかし、このような伝統的な水産加工食品の魅力は、今の若い世代に十分に伝わっているとは思えない。

 伝統的な水産加工食品は、先人たちの食への挑戦と知恵が詰まっている。日本人のソウルフードとも言える食品である。日本の魚食文化を今に伝えるものとして、その価値は高く評価されるべきだ。俵物は江戸時代の輸出の目玉商品であったのである。この個性豊かな産品群を、今のライフスタイルに合った新たな切り口でリ・コミュニケーション(新たな価値でのプロモーション)するならば、市場開拓の可能性は十分にある。海外での展開も夢ではない。

 鮎を原料とした「うるか」は、その風味からバケットのディップとして、くさやはグリーンサラダのアクセントとして面白い。ブルーチーズやオーストラリアの発酵食品ベジマイトなど、クセのある食べ物は水産加工食品の他にも山ほどある。クセのあるものほど、記憶に残ることは言うまでもない。
 伝統的な水産加工食品のダーゲットは、これらの産品を知らない20〜30代である。この世代の生鮮魚介類購入量は、「平成21年家計調査年報(総務省)」を元に水産庁で作成したデータによると、60歳以上の世帯に比べ1/3に落ち込んでおり、魚食離れが顕著だ。しかし、マーケティング戦略から見れば、口コミや流行に敏感に反応する世代で、マーケットの動向を左右するトレンドセッターでもある。鮮魚への導線をつくることも可能だ。
 この20〜30代にとって伝統的な水産加工食品は、イタリア料理と共に普及したアンチョビペーストのように、刺激あるオシャレなファスト・フードとして訴求できる。イギリスで定番のファスト・フード「フィッシュ&チップス」のいわばJAPANスタイルのような食べ方が産まれることも期待できる。

 伝統的な水産加工食品を「トラディショナル・ファスト・フィッシュ」として、その価値を再評価し、リ・コミュニケーションすることで、水産加工食品がスタイリッシュな食材として若い世代に受け入れられる可能性が見えてくる。

鈴木たね子(すずき・たねこ)氏 プロフィール

農林水産省研究機関を経て、日本大学教授、国際学院埼玉短期大学教授。大日本水産会おさかな普及学術諮問会議座長、海洋開発審議会委員等を歴任。 現在は、国際学院埼玉短期大学客員教授、おさかなマイスター協会講師。「健康のための食生活」をテーマに、執筆、講演活動をしている。著書に『なぜ、魚は健康にいいと言われるのか?』(成山堂書)、『お魚を毎日食べて健康になる』(キクロス出版)など多数。


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